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2019.09.01 9月ですね
今年ももう9月になりました。
らんまるこが旅立ってもうすぐ一年になります。


ぽかぽかまる


去年の今頃は輸液をしてたな、とか、まさか安室奈美恵引退前にらんまるこがこの世から旅立ってしまうなんて、とか、色々考えていました。
らんまるこ、最後の2日ほど以外は輸液の時いつも逃げていました。
逃げられる体力があるならまだまだ大丈夫だ、と楽観的に思っていたものです。
でも外から見えない身体の中では、嚢胞が凄い速度で腎臓機能を壊していた……。
なんて恐ろしい病気なのだろうかと思います。
そして、何も悪いことをしていないらんまるこが、何故そんな病気を持って生まれてこなくてはならなかったのだろうか、とも思います。
6年から8年、と言われて6年であちらへ逝ってしまいました。
それならせめてあと2年、一緒にいたかったです。


インスタで、らんまること同じ病気で、数値も同じようにクレアチニン10を超えたねこさんがいらっしゃって、そのねこさんは入院させて今も健在で頑張っています。
私の選択は間違っていたのだろうか。
もしかしたら、無理言って入院させたら今でも生きていてくれただろうか。
そんなことを時々思います。


ちこまる


食も細く、腸も弱く、そこをもっと改善してあげられていたら、結果はまた違っていたのかな? とも……。


たっぴんのときよりもらんまるこの「死」というものは格段に受け入れられているし、区切りもつけられていると自分では思っていますが、どうなんでしょう。
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2019.08.15 初盆
今年のお盆はらんまるこの初盆となりました。


らんまるらん


去年の丁度今頃くらいから、おしっこの色と匂いが薄くなっていっていたのを思い出します。
そして8月の下旬に前倒しで定期検診に行ったら、もうクレアチニンが4台になっていたのでした。
そこから二週間ほどで、まさか旅立ってしまうとは。
丁度去年も台風がよく来ていました。
今年も同じような酷暑です。
天候の不安定さが、らんまるこの寿命を縮めてしまったのでしょうか。
それとももっと早く、療法食に切り替えていれば……輸液をしていれば……もし入院治療をしていればもしかしたら……。
考えても詮無いこととはいえ、もしも、ということは時折考えてしまいます。
その反面、長患いしなくてよかったのだ、呼吸困難になったり痙攣を起こしたりしなかっただけ良かったのだ、無理やりご飯をあげなくて正解だったのだ、と思ったりもします。


たっぴんの時は、お葬式から帰ってきた直後から家の中に気配があったというか、こたつ台が軋む音がしたり、私の部屋でラップ音が激しかったりしましたが、らんまるこの時は何もなくとても静かでした。
「いかんといて!!!」と言ったたっぴんのときとは違い、「もう頑張らんでいいよ、早くいきなさい」と言ったからかもしれません。
寿命が伸びる、一命を取り留める、快方に向かう見込みのないらんまるこが頑張る姿を見ているのはとてもつらかったので、冷たいかも知れませんが、全く食事を受け付けなくなってから最後の2日間は早く楽になってくれることだけを望みました。
最後までトイレも自力で行く、とても頑張る子でした。
頑張ることしか無い六年間だったのかもしれない、と今では思います。


向こうへ行ってから楽になったのか、楽しいのか、旅立ってから2、3回夢に出てきただけで、それ以降全くでてきていません。
時々でいいからたっぴんと一緒に夢に出てきて、元気な姿を見せて欲しいなって思ったりします。


本日はララたんの5回目のうちのこ記念日です(*´ω`*)


ララたん「早いものだわ」


まちおひさひめ


最初は小さくほっそりしたこねこ(生後4ヶ月)だったのに、今ではすっかり貫禄溢れるお姉さまに……(;´∀`)
(ダイエット言われてるのに中々成功しない)


ララたん「うるちゃいわね」


まちひめ


冬の間は私のPC前が定位置でしたが、暑くなってきてからは何故か仏壇の前や姉の部屋がお気に入りなようで、すっかりレアねこさんになっています。


まちわびララ


ララたん「すやすや」


まちわびねむララ


今日はすきなかんじゅめを開けたて、しかもいつもより多めに差し上げました(*´ω`*)
これからも元気で過ごそうね!
Happy Birthday らんまるちゃん。
今日は7回目の誕生日です。
ですが、それを迎えることは出来ませんでした。


まるらんらん


あれから9ヶ月が経ち、随分と経ったような、まだそれだけしか経ってないのか、というような、そんな感じです。
一年前の今日はこの世にいたんですよね。
でも、一昨年からじわじわとクレアチニンがゆっくりとは言え確実に上がってきていたので、とても不安だったのを覚えています。
毎年誕生日を迎えるたびに「来年も元気に迎えられるだろうか」と思っていましたが、まさか去年が最後になってしまうとは思っていませんでした。
あの真っ逆さまに落ちるような速さの悪化は、今考えても悪夢のようです。
らんまるこの身体の中で何が起こっていたのだろうかと、今でも思います。


まるらん


最後の日々で掛けた言葉が「もう頑張らなくていいよ」「はやくいきなさい」だったことは、逆に冷たい言葉だと思ったんじゃないだろうか、突き放されたと思ったんじゃないだろうか、もっと頑張ってと言うべきだったんじゃないだろうか、などなど今でも思います。
でも、どうすればあの急激な悪化を食い止められたのだろうか、と考えても答えはでません。
入院させて治療を受けさせたら持ち直して今でも生きていただろうか……?


元々食が細く、腸も弱く、こねこからあまり成長しなかったらんまるこ。


まるらん3


3にゃんの中で一番お兄にゃんだったのに、一番身体が小さくて、でもララたんやラディにゃんこを見守る優しいお兄にゃんでした。
らんまるこの骨も、信じられないくらい小さく細かったです。
だから、あの小さな身体で、虚弱な身体で、よく六年も頑張って生きてくれた、とも思うのです。


今日はらんまるこが大好きだったささみでお祝いします。


ささみたいむ

ハッピーバースデーラヴィさん。
生きていたら17歳でした。


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流石に17歳という年齢は自分の中ではなかったものの、それでも12,3歳までは……と思っていました。
けれど、当時上司のパワハラで無職になり、たっぴんの投薬も一日二回のところを一回にしないと金銭的に厳しくなり……と、その結果腎臓を悪くして死に追いやってしまったと思っています。
今でも、自分のせいでたっぴんが死んでしまった思っています。


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それでも、旅立ってから夢に出てきてくれて、ちゃんとお別れの挨拶に来てくれて、最後に見た夢は青い空へと登っていく夢で、本当に律儀で優しい子でした。


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いまは後輩のらんまること仲良くしてくれているかもしれません。
絶対に性格が合うと思います。


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うちに来てくれてありがとう、たっぴん。
これからもララたんとラディにゃんを見守ってあげていてね。