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かなりかなり更新が遅れてしまいましたが、9月14日、らんまるこの一周忌に動物霊園へ法要へ行ってきました。
到着したら、日差しは夏なものの風は冷たく爽やかで、都会ではすっかり聞かなくなったミンミンゼミやツクツクボウシの鳴き声が聞こえていました。


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一年ぶりの、たっぴんとらんまるこのご対面。
たっぴんの命日は11月30日でしたが、一緒に法要を済ませてきました。
遠いしバスの本数も少ないしで、おいそれと出かけられる距離ではないので……(;´Д`)


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そして、お世話になっている動物霊園にはとても高齢の白ねこさんが居る……ということを、たっぴんがお世話になった当初からサイトにてその存在を知っていたのですが、一度もその姿をみかけたことがありませんでした。
そしてようやく、お世話になり始めて八年目でようやくその姿を拝見することができました。


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のんびり日向ぼっこ中でした(^ω^)
今年23歳という、超高齢のおばあさんねこです。
うちのねこたちもぜひあやかりたい……。


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帰りがけに、他の人と居たので近くで写真を取れませんでしたが、犬のゆめちゃんもげんきそうでした(*´ω`*)


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結局らんまるこの納骨は見送って、一緒に帰ってきました。
なんせ、たった五年半ちょいしか一緒に過ごしてないんですよね……。
勿論、いずれは納骨したいと思っていますが。
いや、それよりもお墓をつくりたいかな……。


一緒に行った姉には「らびの時は泣いてたのに今回は泣かんかったな」と言われましたが、やっぱり予期せぬ旅立ちだったたっぴんと、もう覚悟するしか無いところまで行き着いたらんまることの違いだったのかな、と思います。
らんまるこの場合は、覚悟を決めて、最後まで付き添えて、別れの時間もたっぷりあったので、ああすればよかったかも、こうしたらまだ生きていたかもと思うことはありますが、たっぴんに比べたら後悔は強くないのかもしれません。


でも時々、らんまるこがいてくれたら、ララたんとラディにゃんこの間に入ってくれていて良かったのにな……って思います。
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2019.09.01 9月ですね
今年ももう9月になりました。
らんまるこが旅立ってもうすぐ一年になります。


ぽかぽかまる


去年の今頃は輸液をしてたな、とか、まさか安室奈美恵引退前にらんまるこがこの世から旅立ってしまうなんて、とか、色々考えていました。
らんまるこ、最後の2日ほど以外は輸液の時いつも逃げていました。
逃げられる体力があるならまだまだ大丈夫だ、と楽観的に思っていたものです。
でも外から見えない身体の中では、嚢胞が凄い速度で腎臓機能を壊していた……。
なんて恐ろしい病気なのだろうかと思います。
そして、何も悪いことをしていないらんまるこが、何故そんな病気を持って生まれてこなくてはならなかったのだろうか、とも思います。
6年から8年、と言われて6年であちらへ逝ってしまいました。
それならせめてあと2年、一緒にいたかったです。


インスタで、らんまること同じ病気で、数値も同じようにクレアチニン10を超えたねこさんがいらっしゃって、そのねこさんは入院させて今も健在で頑張っています。
私の選択は間違っていたのだろうか。
もしかしたら、無理言って入院させたら今でも生きていてくれただろうか。
そんなことを時々思います。


ちこまる


食も細く、腸も弱く、そこをもっと改善してあげられていたら、結果はまた違っていたのかな? とも……。


たっぴんのときよりもらんまるこの「死」というものは格段に受け入れられているし、区切りもつけられていると自分では思っていますが、どうなんでしょう。
2019.08.15 初盆
今年のお盆はらんまるこの初盆となりました。


らんまるらん


去年の丁度今頃くらいから、おしっこの色と匂いが薄くなっていっていたのを思い出します。
そして8月の下旬に前倒しで定期検診に行ったら、もうクレアチニンが4台になっていたのでした。
そこから二週間ほどで、まさか旅立ってしまうとは。
丁度去年も台風がよく来ていました。
今年も同じような酷暑です。
天候の不安定さが、らんまるこの寿命を縮めてしまったのでしょうか。
それとももっと早く、療法食に切り替えていれば……輸液をしていれば……もし入院治療をしていればもしかしたら……。
考えても詮無いこととはいえ、もしも、ということは時折考えてしまいます。
その反面、長患いしなくてよかったのだ、呼吸困難になったり痙攣を起こしたりしなかっただけ良かったのだ、無理やりご飯をあげなくて正解だったのだ、と思ったりもします。


たっぴんの時は、お葬式から帰ってきた直後から家の中に気配があったというか、こたつ台が軋む音がしたり、私の部屋でラップ音が激しかったりしましたが、らんまるこの時は何もなくとても静かでした。
「いかんといて!!!」と言ったたっぴんのときとは違い、「もう頑張らんでいいよ、早くいきなさい」と言ったからかもしれません。
寿命が伸びる、一命を取り留める、快方に向かう見込みのないらんまるこが頑張る姿を見ているのはとてもつらかったので、冷たいかも知れませんが、全く食事を受け付けなくなってから最後の2日間は早く楽になってくれることだけを望みました。
最後までトイレも自力で行く、とても頑張る子でした。
頑張ることしか無い六年間だったのかもしれない、と今では思います。


向こうへ行ってから楽になったのか、楽しいのか、旅立ってから2、3回夢に出てきただけで、それ以降全くでてきていません。
時々でいいからたっぴんと一緒に夢に出てきて、元気な姿を見せて欲しいなって思ったりします。


Happy Birthday らんまるちゃん。
今日は7回目の誕生日です。
ですが、それを迎えることは出来ませんでした。


まるらんらん


あれから9ヶ月が経ち、随分と経ったような、まだそれだけしか経ってないのか、というような、そんな感じです。
一年前の今日はこの世にいたんですよね。
でも、一昨年からじわじわとクレアチニンがゆっくりとは言え確実に上がってきていたので、とても不安だったのを覚えています。
毎年誕生日を迎えるたびに「来年も元気に迎えられるだろうか」と思っていましたが、まさか去年が最後になってしまうとは思っていませんでした。
あの真っ逆さまに落ちるような速さの悪化は、今考えても悪夢のようです。
らんまるこの身体の中で何が起こっていたのだろうかと、今でも思います。


まるらん


最後の日々で掛けた言葉が「もう頑張らなくていいよ」「はやくいきなさい」だったことは、逆に冷たい言葉だと思ったんじゃないだろうか、突き放されたと思ったんじゃないだろうか、もっと頑張ってと言うべきだったんじゃないだろうか、などなど今でも思います。
でも、どうすればあの急激な悪化を食い止められたのだろうか、と考えても答えはでません。
入院させて治療を受けさせたら持ち直して今でも生きていただろうか……?


元々食が細く、腸も弱く、こねこからあまり成長しなかったらんまるこ。


まるらん3


3にゃんの中で一番お兄にゃんだったのに、一番身体が小さくて、でもララたんやラディにゃんこを見守る優しいお兄にゃんでした。
らんまるこの骨も、信じられないくらい小さく細かったです。
だから、あの小さな身体で、虚弱な身体で、よく六年も頑張って生きてくれた、とも思うのです。


今日はらんまるこが大好きだったささみでお祝いします。


ささみたいむ

6年前の今日、ペットショップにて生後7ヶ月にさしかかろうとしているらんまること出会いました。
たっぴんが旅立って四十九日が過ぎて少ししてからだったので、とても悩んだ覚えがあります。
悩んで悩んで悩んで、でも悩んだけれども自分の中ではもう最初に答えは出ていて。
家族に迎えました。


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「なんて綺麗な目なんだろう。宝石みたい」って思ったことを今でも覚えています。


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家族に迎えて三ヶ月も経たないうちに病気のことがわかって、長くは生きられないと宣告を受け……。
それでもなんとかその運命を変えてあげたいと、一日でも長く一緒にいたいと、そう思って色んなサプリメントを試して、フードにも気を使って、らんまるこもとても頑張ってくれていました。


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けれどらんまるこの病気は優しいものではなく、突然牙を剥いたかのような、ありえないような進行速度になって、輸液も、活性炭も太刀打ち出来ないほどの速度で腎臓をどんどん壊して、腎不全の対症療法なんて歯が立たなくて、あっという間に衰弱して、虹の橋へ渡ってしまいました。
腎不全の対処をしていてのクレアチニン14という数値を見た時の敗北感や絶望感は、どう表現したら良いか未だに言葉が見つかりません。


最後のベランダタイム


過ぎ去った日々は本当に幻のようで、らんまること過ごした日々はもう何度も書いていますが、本当に随分昔のことみたいな感覚です。
一緒に過ごした時間はわずか5年と235日でした。
病気のことがわかって以来、いつ悪化するのか、いつ別れになってしまうのか、ずっとずっとビクビクと心配し通しだった日々は、今思えばとてももったいない過ごし方をしたと思っています。
いくら心配したとしても、その時が来たら受け入れるしかないんです、それしか出来ないんです。
どんな対処をしても普通の慢性腎不全じゃないから、本当に容赦ありませんでした。
夢も希望も見事に粉々にされました。
本当はシリンジでご飯もあげたかったし、入院させて一縷の望みに賭けたかったし、だけど先生に「それはこの子を長く苦しめるだけだから」と何度も言われて、泣く泣く受け入れました。
大好きなささみでさえ嫌そうに顔をそむけるらんまるこに、もう何もしてあげられませんでした。
静かに懸命に闘いながら最期を待つらんまるこを、ただ傍でじっと見守るしかできませんでした。
それでも病気のことを知っていて、自分なりに理解していたからこそ、この最期を迎えるということを受け入れられたのだとも思います。
でもやっぱり、思わずにはいられません。
「なんでらんまるちゃんは何も悪くないのに、たった6年しか生きられなかったの」と。


らんまるもふまるこ


らんまるこの病気は本当に何もしてあげられることがなくて、無力感だけが募る残酷なものだったけれど
それでも出会ったことに後悔はなく、ただただ家族になってくれてありがとう、という気持ちしかありません。
うちのこになってくれて本当にありがとう。またね。