昨日は市役所へ用事があったので、市役所で用事を済ませ、ついでに期日前投票も済ませ(市議会)ぷらぷらとウインドウショッピングをしつつ、イオンで買い物を済ませ……
ふと、イオンのペットショップに立ち寄りました

かわいい子猫が見たかったのです
まぁ勿論見てるだけのつもりで
だってたっぴんじゃないし
たっぴんの生まれ変わりを待機している身としては
他のねこに浮気するなんてそんな滅相もない!
だけどちょっとかわいい子猫を見て癒されたい
前に見たアメショの子猫はまだいるかしら
そんな気分でふらりと立ち寄ってみた

ペットショップのコーナーは圧倒的に犬が多くて
ねこはひとつの部屋しかないのですが
そこに子猫がいつもいるのです


子猫が……


子猫……




子猫?(;´・ω・`)




そこにいたのは、明らかに「子猫」と呼んでいいのかどうかわからないくらいには
成長してるねこがいて
ふとねこの説明を見たら去年の6月27日生まれ
もう生後7ヶ月経ってる
はっきり言ってイメージしてる子猫じゃない
でかい
なんかずっと寝てる
前に見たアメショの子猫は14万という値がついていたのに
目の前で眠ってるペルシャくんは5万


どう見ても売れ残りなねこ……


……(´・ω・`)


いやいや私たっぴんに操を立てた身ですし
たっぴんの生まれ変わりを待機している身ですし
四十九日過ぎたからってさあ次! 
とかそういうわけには!

歯のかみ合わせにやや問題ありかー
どう見てもでかいよねー
こねこじゃないよねー
決算セールで5万かー
完全に叩き売りにされてるよねこの値段はー

売れなかったらどうなるんだろう……
一晩考えてみようか
考えるって何をだおい
もしかしたらいい飼い主と巡り会えるかもしれないし
とりあえず今日は帰ろうか
帰ろう帰ろう
かえ














家族に迎えました


命名者・姉
命名・らんまる

表記は「蘭丸」か「らん丸」か「ランマル」か「らんまる」かは正式に決めてないのですが
たっぴんの正式名「ラヴィ」と同じ「ら」から始まるし
名前自体はらんまるでいいかな、と

で ですね
このらんまる君
ペットショップにいたときはずーーーっと寝てて
店員さんに見せて欲しいと頼んで抱っこした時もすごく大人しくて
店員さんも「ぼくも鳴き声聞いたことないんですよ~」とか
「一緒にいたアメショの子猫に喧嘩ふっかけられても無視してたんですよ~」とか
仰ってたのですが

めっちゃ走り回る
超元気に走り回る
姉が名前呼んだらにゃーと返事する
抱っこしたら嫌がって腕から飛び出していった
どういうことなのwww

ペットショップで抱っこしたときはすごくおとなしく
私の胸元に手をおいて顔を見上げてきたりしたというのに
この態度の変化は一体……

猫かぶってたな(猫だけに)

でもまぁ
顔を見上げたらんまる君と目が合った時に
「ここから連れ出してほしい」と言っているような気がして
ほっとけなくなったっていうかね……

ちなみにそのペットショップのサイトで同じ猫種の
最近生まれた子猫の値段を見てみたら
びっくりの20万オーバーでしたよ
らんまるもそのくらいしてたはず

やはりペットショップで求めるものは
小さくて可愛い子猫(もしくは子犬)ということなのだろう
らんまるはかなり大きくなっているので
5万という投げ売り価格……

まあ、確かに小さくて可愛らしいって時期は生まれて数ヶ月しかないので
貴重といえば貴重なのだろうけれども
やっぱりペットショップのシステムというのは良くないよな、とも思う

で、フードも店員さんが「基本的に入れっぱなしにしてたら食べたい時に食べます」って言ってて
(内心そんな放置な感じでいいのかと思ったのは秘密だ)
家に帰ってきてその通りにしてたらあんまり食べない
なので入れ替えてみたら
結構食べてくれたwww
風味とんだのが嫌だったのだろうか
このあたりたっぴんと一緒じゃないかw

というかたっぴんに家での過ごし方を教わってたりして……

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今日はたっぴんの四十九日です
四十九日なのでそろそろ区切りをつけないといけないのですが
やはり泣いてしまいます
たっぴんがいなくなってからというもの、泣かない日はないくらいに
涙が枯れて出ない日が来るのだろうか、と思うくらいに

小学校中学校と虐められ続けていた私ですが
それでも学校で泣いたことなんてちょっとだけだし
毎日泣くなんてことはなかった
あれは悲しいというよりも相手にムカついてたからか
嫌いな相手には愛なんて微塵もないからか

大事なものを失うとはこんな喪失感があるものなのか
心に穴が、という表現があるけれど穴どころじゃない
もうブラックホールなんじゃないかと思うほどに

自分の心が半分以上死んでしまったみたいだけど
その半分がたっぴんのところに行けるわけでもなく
気がついたら毎日泣いてる
今この日記書きながらも泣いてる

夢に二回ほど出てきてくれたたっぴんはとても元気だったので
もうつらくはないのかもしれない
心臓だって丈夫だし、もう薬も飲まなくていいし
療法食も食べなくていいし
それでもやっぱり寂しいよ
もっと年老いておじいちゃんになったたっぴんを介護したかったよ
それはたっぴんの本意ではない私のエゴなのかもしれないけど

きみは家族の言うことをとても理解していた
姉が名前を呼ぶと「にゃあ」と返事をしたし
病院に連れて行くときやお風呂で身体を洗う時も
勘がよくていつもこっそり逃げていた
きみは私が思うことをとてもよく理解してくれていた
だから私が手術を選択したのも
元気になって欲しい一心だったことを理解してくれているのかもしれない
いやこれこそ私のエゴだろうか
その結果が最後に苦しい思いをさせることになってしまったのがとてもつらい
だんだん食欲がなくなっていって
おしっこも24時間以上でなくなって
お医者さんの言うとおり嫌いな病院に毎日連れて行って
その割に体重が異様に増えていく異常に気づいてくれなくて
点滴の量を増やさなければよかった
あれで一気に弱っていた心臓に止めをさしてしまった
食べる量が少ないのに異様に体重が増えていたのに
先生は特に気に留めてなかったのを私がもっと訴えればよかった
あれはきっと腹水が溜まっていたよね
それをもっと訴えればよかった
(じゃあ腹水を抜く手術が出来たかといえば、心臓が悪いからできなかったと思う)
せめて好きなシーバデュオを食べさせてあげたらよかった
どうして最後はシリンジで無理やり美味しくもない缶詰を食べさせていたのか
苦しかったろうね ごめん
病院が嫌だと籠の中で鳴く声も最後はか細く小さくなって
最後まで嫌な思いばかりを押し付けて
きみがもし次の日も無事でいたならおそらく鼻チューブを装着することになっていたと思う
それがもう、嫌だったのかもしれない
きみは私の言うことをとても理解していたから

たっぴんが旅立った日は母の通院日で
帰ってきたら力尽きたたっぴんが倒れていた、なんてことにならず
夜中に家族全員で看取れただけでもよかったのかもしれない
最後、2、3回大きな声で「にゃー!」と鳴いたあの苦しそうな、悲しそうな、そして家族を呼ぶような声が今も忘れられない
あの瞬間が時々フラッシュバックしてはつらい
けれどそんな辛い時期よりも
元気だった頃のたっぴんを思い出してあげないと、と姉には言われる
もう向こうで元気なんだから泣くな、と

お世話になった動物霊園の住職さんが言っていた
犬や猫は人間よりも早く年をとるので
四十九日では一歳になります
人間で言うと成人です
もう現世での病気や辛いことも一切ありません
元気にあちらで過ごしています、と

そうならうれしい
でも君がいない現実はやっぱりさみしい

死んだら絶対にたっぴんに会えるというなら
間違いなく私も追いかけて逝くけど
(この世にやりたいことも未練もなにもないし)
残念ながらそんな確証が100%あるわけでもないので
ぼんやり生きていくことにする

同じく確証があるわけでもないけど
もしかしたらたっぴんが生まれ変わってまた家族になれる
ということもあるのだろうし

夜中にご飯入れろにゃとふすまをバーン! と叩いてガリガリし
「にゃー!」と毎日私を起こしていたり
仕事から帰ってきたら私を出迎えてくれたり
洗濯物干す時にベランダに一目散に駆けていったり
私が行くところ行くところついてきたり
いつも私の傍に居てくれた

旅立って28日目に夢に出てきてくれて
背中をなでたら夢じゃないようなふさふさとしたリアルな感触で
「お別れにきてくれたんやな ありがとう!」と私がとても嬉しそうに言ったのは
夢だったのか現実だったのかはたまたそのあいだの出来事か
あれは今でも不思議に思う

こんな私のことをあんなにも好きになってくれたのはあなただけです
ありがとう

きみが死んだという事実を受け入れて
立ち直らなくてはいけないのだろうけれど
それでもやっぱり寂しいよ
昨日、仕事の帰りに買い物がてら歩いていたら、近所のお持ち帰り寿司屋に居着いている野良猫様がいたので近づいてみました
そしたらまぁ、よほど人馴れしているのか警戒心がないのか
(そういえば前も近づいたら撫でさせてくれた)
近寄ってきてスリスリしてくれました

ああたっぴんもこんなんだったなぁ……

と思いながら撫でてました
顔をよく見たら左目の上に傷があったので
ああ、やっぱり野良なんだなぁと思いました
相棒と思われる黒猫が少し離れた距離から私を見ていなければ
そのまま拉致していたと思いますよまったく!
そのあと泣きながら買い物してたのは私です←不審者

そして帰り道にもまた野良の黒猫を見たりして、
今日はえらく野良様をよく見かけるな~と思ってたら
家の近所に差し掛かったところでにゃあにゃあと大きな鳴き声が……

姿を探しながら歩いていたら、発見しました
道路沿いの溝で力尽きてる野良猫様を……

車の通りが多い道路沿いに面した溝だったので
車に轢かれたのを誰かが移動させたのか、とも思いましたが
その割に道路も汚れてないし、本人も血を流していなかった(ようにみえた)ので
衰弱死したのかな、と……
(一昨日雨だったので血が洗い流されたのかもしれないけれどわからない)

一昨日は大阪は雪こそ降らなかったものの寒い雨だったので、力尽きたのかもしれない

猫が死に目にいなくなる、というのは弱った自分を守るために、外敵のいない目立たない場所へ行くということだそうです
多分力尽きてた猫も、その場所へ行く途中に力尽きてしまったのかもしれない
細くて少々小さい、若そうな猫でした
雨にずっと打たれたままだったんだろうか……

市の環境事業課に電話しましたが
結局はゴミ扱いなんですよね……
でもあのままにしておくよりは、うん
お金があればちゃんと火葬してあげるところなんですがね……

しかし普段絶対にあんなところの溝とか見ないので
あの猫の鳴き声はもしかしたら力尽きた猫の仲間が
見つけてやってくれ、と呼んだのだろうか?
とか思ったり思わなかったり……
前まで音楽聴きながら歩いていたので、もし聴きながらだと
多分気づかずスルーしてただろうな、とか

偶然なんでしょうがある意味めぐり合わせだったのかもしれない
2013.01.12
ぼんやりと 自分で壊した幸せを振り返る
振り返ったところで戻ってくるわけでもないけど

時間が解決してくれるというが
私の場合一緒に過ごした時間が遠ざかれば遠ざかるほど
置いていかないでくれと縋りつきたくなるばかり

ああ、この世は糞だ
去年は喪中のようなものであったので、新年のご挨拶は割愛させていただきます

ようなものってより完全に喪中ですわな
ねこであっても家族に変わりなし
むしろ家族

厄年三年間からようやく解放されたので、気分的には少し楽でしょうか
去年は失ったものが多い一年でした
気に入っていたソーシャルゲームから
果てはネットの友人関係
それでも一番大きいのはいわずもがな
たっぴんです

未だに心の穴はふさがらず
泣き暮す日々を送ってますが
これでもたっぴんが旅立った直後に比べたら
ちょっとだけですがたっぴんの死を受け入れられてはいます
ちょっとだけですけど
未だに後悔は拭えないし
動物病院への感情もいろいろ飲み下せてないですけど

今年はいい年にしたいとかいいことがあればいいとか
抱負はなんもないです
たっぴんの生まれ変わりねこ……(切望)

強いて言うなら転職したいってところですかね
宝くじも全滅だったことですし
おなじ身入りが少ない仕事なら
もっと精神的に楽な仕事がいいよう(新年早々のクズ発言失礼)
なんのスキルも持ってないので正規雇用なんてほぼ不可能なことは
身にしみてわかっているので
低賃金短時間労働非正規雇用くらいしかないのはわかっている
それでどう食いつなぐか、というところ

母の通院のことがあるので土日祝休みの仕事が難しい
今の仕事は歩いて5分の職場なので12時上がりで
急いで午後からの通院に間に合う、という感じですが
遠くなるとそれも厳しい
となると、必然的にどうしてもシフト制になってしまうという
うーん
正月休みとか憧れすぎる

明日からまた5連勤なので
特にお正月気分とかないです

今年は今の仕事から逃走できますように!
(なんという締め)